◆2024年6月15日――感想
スピリチュアリズムの思想体系[Ⅰ] 死生観ー①
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今日は、死生観について学びました。「死は、悲劇ではない、悲しむ必要はない」それは、真実だということはよく分かります。「死は喜びであり、ご褒美であり、死別は祝福すべきこと」と心の底からそう思いたいのですが、2年前の夫との地上での別れを思い出すと、悲しい気持ちになることがあります。ですが、あの時の深い悲しみは、私をスピリチュアリズムに真剣に向き合わせてくれました。死別はつらい体験でしたが、今、こうして最高の真理を学べるというとても大きな恵みも与えていただきました。死別を心から、悲しみではないと思える時が、地上で生きている間にくるのかどうか分かりませんが、もっともっと、成長できれば、きっとそういう日が来ると信じて、これからも霊的成長に励んでいきたいと思います。
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死とは何か?これは、人類共通のテーマであり、これまで明確な回答が提示されたことはありませんでした。既存の唯物論や宗教に関わる人でも、いざ死が近づくと死に対する恐怖や、自分は天国に行けるのかなど、死に対する明確な知識が無いために、それを乗り越えられていないことを改めて再確認させていただきました。心霊現象、心霊研究というスピリチュアリズムの死生観を経て、シルバーバーチが示した死生観は、従来の宗教とは真逆の「死は喜びであり、祝福すべきことである」と、明確な回答を提示しています。人類は、地上時代に霊的成長をなし、霊界での生活の準備をする、真の幸福にいたる大切な時間を神から与えられていることに感謝する次第です。この重要な地上人生をまたカルマを作る価値の無い生き方をするのか、または、霊的成長する歩みを目指して努力するのか、結果は大きな差が出ると思います。地球人類が、『シルバーバーチの霊訓』と「思想体系」に早く出会い、霊的成長の歩みを出発することが、できることを願う次第です。
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冒頭で、「思想体系」を学ぶことの目的についてお話がありました。霊的真理の理解を深め、イエスの教え『シルバーバーチの霊訓』が最高の教えであることを確信すること、そして新たに展開している宗教革命の時代において、強力な理論武装をして、神の兵士として準備することを胸に深く刻みました。今後も目的を見失わず、学んでいきたいと思います。学習の本題として、「死生観」を学びました。「死とは何か」を学ぶことによって、本当の意味で「人生とは何か」が理解できるということが分かりました。今、地上生活を送っているほとんどの人が、正しく「死生観」を理解できずに、死に対する不安や恐怖を抱きながら生活しています。そうした方々に正しい「死生観」を知ってもらうためには、まず先に知ることができた自らが率先して正しい「死生観」を身につけなければと思いました。「死は素晴らしいもの」「死別は祝福すべきもの」と思える真のスピリチュアリストになるべく努力を続けたいと思います。同時に真の地上人生の目的を常に念頭において、自らの霊的成長を目指した生き方を貫いていきたいと決意を新たにしました。
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スピリチュアリズムの登場により、信仰の問題としてではなく、客観的事実として、死後の世界の存在、霊魂説の正当性が証明されました。先人たちの苦労のおかげで人間は、死後も生き続けること、死後も家族や友人など愛する人たちと再会できることを確信し、死の恐怖から解放されています。それどころかシルバーバーチの示したさらに深い死生観により、死は喜び、死別は、祝福すべきことであるとまで知ることができています。この革命的事実をいち早く知ることができ、どれだけ恵まれた立場にいることだろうと感じています。全人類を悩ませている死についての明確な見解を、すべての人々に知っていただきたい、死に対する恐怖から解放され有意義な地上人生を送れるようになってほしいと心から思いました。
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人間にとって最大のテーマである「死」について学びました。従来の宗教の死生観、スピリチュアリズムの死生観、シルバーバーチの死生観の3つを比較すると、シルバーバーチの死生観が本当に素晴らしいものであることがよくわかります。私はスピリチュアリズムの霊的真理を知ってから、当たり前のように「死は喜びである」と思ってきましたが、今日の学習でさらに確信が深まりました。また、死に対する共通の見解がなく多くの人が死を恐れていた時のことを思うと、シルバーバーチによって、最高次元の死生観が示されたことに感謝の思いがあふれてきます。一人でも多くの人に、死は悲しみではなく、喜び、希望であることを伝えたいと心から思いました。そして、人々に伝えるだけでなく、自分自身も霊的観点に立って、死を見つめ、霊界での生活を楽しみにしながら、しっかり準備していこうと思いました。